冬は奪い合い、夏は押し付け合う

冬はヌクヌクを求めて夫婦で奪い合う。

夏は暑さを避けて押し付け合う。

ベッドの中の我が子のこと。

 

こんなことができるのはほんの数年。

そのうち抱っこさせてくれなくなり、

そのうちベッドも別になる。

 

我が家の場合、長女次女合わせて10年弱だった。

わずらわしい夜もあったけど、

子どもがさせてくれる限り、川の字で寝てよかったと今思う。

子どもへの声かけを我慢するとき

「なに作ってんの?」「なに書いてんの?」「何してんの?」
子どもにかけがちな言葉だ。

子どもが積み木を並べたり、ブロックを組んだり、紙に描いたりしているとき、
または紙くずや石ころやなんだかわからないものをいじっているとき、僕は声をかけたい欲求をぐっと飲み込んで待つ。

ちょっと離れて見守ったり、横に並んで同じ作業をやってみたりする。
子どもの中で一段落して、ふと子どもが顔をあげたり、こっちの顔をみてくれたときに声をかける。
「それはなに?」
とは聞かない。

「それつくったんやね」「それかいたんやね」「なんかしてたね」
と、子どもが何かをやっていたということを「見てたよ」という意味の言葉をかける。
子どもが説明したければしてくれるし、スルーでも全然かまわない。
子ども自身が没頭していたことだけが大事。

子どもの没頭を邪魔しない。
これも子育て。

ビーズコースターに飽きたら

幼児の鉄板おもちゃのひとつ、ビーズコースター。
ハマる子はいじり始めたらずっといじっている。
僕の娘たちも、子育てセンターやショッピングモールのキッズコーナーに行くたびに、ビーズコースターをいじり倒していた。
でもそのうち子どもが器用になって、ビーズを動かすのが簡単になると飽きてくる。

そんな時、ビーズコースターをおもちゃとして延命させる方法がある。
それはスプーンを使うこと。おもちゃでも本物でも構わない。
手でつまむのではなくて、スプーンの先でビーズを動かしてみる。大人でもちょっと難しい。
子どもにとってはなおさら。チャレンジのし甲斐がある。

道具を使うことで、あっちからすくってこっちで押してと工夫の余地が生まれ、手先指先の感覚も発達します。
親にとってうれしいのは一つのおもちゃを長く使えること。
ほんの一道具を加えるだけで、おもちゃの可能性が広がることがある。

夫婦間の言った言ってない問題

「晩御飯たのむで」「え、今夜は僕も遅なるし」「前から言うてたやん!」「聞いてへん!!」

夫婦間での言った言ってないってよくあります。
出来るだけカレンダーに書き込んだり、LINEで送って文章で残したりするんですけど、それでも起きることはある。

仕事だとめったに起こらない伝達ミスが、どうして家庭では頻発するのか。
それは夫婦の会話は多くの場合生活の中でしているからじゃないかと。
生活の中で伝達する場合、片方がテレビを見ていたり、料理中だったり、子どもの相手をしていたりして集中していない場面が多い。

そして会話や伝達事項が多いほど、ミスも増えるもの。
伝達ミスが多いのは、夫婦のコミュニケーションが活発な証拠だと、まずは前向きにとらえていいのかも。
冒頭の会話は今朝の妻と僕。

重い布団、軽い布団

週末、家族でショッピングモールに行った。

年度末のショッピングモールの子ども用品売り場で一際目立っていたのは『布団』だった。

それは保育園やこども園のお昼寝用の子ども布団セット。

 

長女と次女、合わせて10年間保育園に通った。

その思い出は常に週末週初めの布団運搬とセットだ。

妻と2人で懐かしんだ。

 

「そういえばウチは布団買うてへんな。〇〇ちゃん(姪)のもろたし」

「買うたで。T(次女)の分。K(長女)と2年保育園重なったやん」

そうか、そういえば買った。マリーちゃんのピンクの可愛い布団。

 

姪からもらったものと比べてものすごく軽くてびっくりしたのを思い出した。

時代が進むにつれて布団は軽くなっていた。

今の布団はもっと軽いんだろうか。