【ブログ】カジダン講座と炊事のイメージ

五月晴れの土曜日、行政主催のカジダン講座で講師をした。

近隣では子育てイベントが開催されていて、どれくらいの方が参加くださるのか懸念していた。

30代から70代の幅広い世代の男性が受講してくださった。

 

家事に関心を持たれている男性は増えている。どの自治体でも参加者世代の幅は広い。

主な対象はを家事育児の現役世代としている講座が多い。

だけれど、それよりも上の世代もたくさん参加してくださる。

 

なぜ僕にカジダン講座の講師依頼が来るのか。

元専業主夫、パパの子育てNPOの初代理事長、家事シェアNPOの現理事。

この3つくらいの肩書きがあるからだと思う。

 

鋼材の最後にちょっとしたワークをした。

家事を自分ごとにする、というテーマで自分にとっての家事を言葉にする。

講座では家事シェアのコツや家事の心がけなどをお伝えしたけれども、結局家事は自分がするもの。

 

自分にとっての家事を言葉にしてみる。

僕にとってのこの3つはこんな感じ。

「炊事はお得、掃除は瞑想、洗濯は趣味」

 

なぜこんな感じなのかはまた別記事で説明しようと思う。

参加者でそれぞれの言葉をシェアした。

その中でめっちゃ面白かった言葉があった。

 

「炊事は東大入試」

その70代の男性曰く。

「料理(炊事)は僕にとって東大受験くらい難しいイメージで、もし成功したら東大に受かったくらい嬉しいものなんです」

 

人には得意不得意、向き不向きがある。

好きで得意で楽々とできる家事もあれば、東大入試レベルでめっちゃ頑張らないといけない苦手な家事もある。

あ、僕も炊事は苦手です。東大入試ほどじゃ無いけれど。

【ブログ】子ども会とマジック教室の相性がいい理由

マジックパパを子ども会に呼んでくださることが増えた。
室内でのレクリエーションとしてマジック教室をさせていただくことが多い。
マジック教室は未就学児では難しすぎるが、小学生が集う子ども会にはちょうどいい。
 
難しさにも色々ある。
もちろん手指の動きやセリフを覚えることが難しいというのもある。
だけれども本質は未就学児は他者の視点をもつことができないところにある。
 
マジックはマジシャンがしていることと、観客が見ていることが違う。
極端な例を出す。
マジシャンがトランプを混ぜているように観客には見えている。でも実際はマジシャンはトランプを揃えている。
 
マジックは観客をだまして、予想外のことが起きるのを楽しんでもらうエンタメだ。
この、観客側の視点を持つことが未就学児には不可能に近い。
そしてこれは小学校低学年も同じだ。
 
しかし、未就学児と子ども会の低学年が大きく違うところがある。
こども会には低学年も高学年も、ところによっては中学生もいること。
小学生になると子ども同士の関わりが増えて高度になっている。
 
低学年が簡単なマジックを練習して人見せる。
成功すればその相手がビックリしてくれることを体験できる。
それは他者の視点を知る経験でもある。
 
上の学年の子達は多くの場合、低学年よりも上手に手指やセリフを操れる。
低学年はちょっと高度なことを上の学年の子達から学ぶことができる。
逆に高学年が低学年に教える経験をすることもできる。
 
これが子ども会でのマジックの醍醐味。
マスターしたマジックを子どもたちは持ち帰って家族に見せたり、友達に見せたりする。
楽しい驚きのエンターテイメントが広がるのは嬉しい。

【ブログ】パパの家事代行完結編

2020年にコロナ禍が始まり、僕の仕事は大打撃を受けた。
その空隙を埋めるために登録したのが家事代行マッチングサイト。
元専業主夫の経験を活かせる仕事だ。
 
4年間、あちこちのご家庭に呼んでもらった。
掃除、整理収納、チャイルドケア、いろいろとさせていただいた。
コロナ禍は徐々に収まり、僕の仕事もだんだんと元に戻ってきた。
 
不定期な家事代行をだんだんと減らしていった。
定期的に呼んでくださる家庭に限るようにした。
そして2024年3月、定期依頼をしてくださっていたご家庭が日越しされることになり、パパの家事代行は一旦終了した。
 
最後にチョコをくださった。マッチングサイトの規定では報酬以外の贈り物を受け取ってはいけないのだけれど、断れないよね。
正職員として勤めているわけではない自営業なので、また何があるかわからない。
でもイザとなったら家事代行もできるぞと安心材料になった。
 
まさか、自分が比較的苦もなくこなしている家庭の掃除が仕事になるとは思っていなかった。
自分の家事に外からの評価がついたことは自信にもなった。
いちばんの収穫は世の中にはいろんな家庭があるもんだと、実際に家に入れていただいて実感したことだ。
 
自分が他者を受け入れる器はちょっと大きくなったような気がしている。
家庭はこうじゃなきゃというこだわりは元々弱い人間だけど、それがさらに弱くなった。
弱くなるのはいいこともある、と知れた4年間の家事代行。

 

家事シェア講座やります。

【活動予告】カジダン講座~心豊かに暮らす編~ 5/18(土) 京田辺市 – マジックパパ   ■日 時:令和6年5月18日(土)10:00~11:30 ■テーマ […] papa-magic.com

 

【ブログ】主語がでっかくなる問題〜主夫編〜

日本人は…男は女は…ゆとり世代は…と主語が大きすぎる主張がある。
僕は主語が大きいのに少ない文字数で断言する主張が好きじゃない。
大きい主語は本来、10万文字を費やさなければ使えないと思っている。
 
10万文字とはたとえば日本人論の書籍の様なこと。
そうじゃない場で大きい主語を使う場合は、最低限その意見を発する自分の立場を明確にしなければいけない。
これは自分の意見です、感覚です、でもいい。
 
大阪人の僕の立場からは日本人にはこういう傾向があるんじゃないかなぁって感じています。
でもいいと思う。エクスキューズする方法はいろいろあるだろう。
ただ、こんな感じで予防線を張れば張るほど、その文はどんどんぼやけてくるのだけれど。
 
さて、僕は15年前に主夫として発信する立場と機会を得た。
15年前、イクメンブームが始まった当時、主夫という主語は小さいものに感じていた。
これはイクメン(子育てをするパパ)も同じだった。育児しているパパというだけで少数派の時代。
 
そのイクメンの中でも主夫はさらに小さかった。
自分の周りには自分以外に主夫はいなかった。
主夫の話を聞く講座を主催してくださる方も和田=主夫代表という認識の瞬間があった。
 
念の為に言っておくがこれは主催側に認識で、僕が自分で主夫代表と思ったことはない。
いや、思い上がった瞬間はあったかも…
そんな恥ずかしいことは忘れて。
 
この15年間で主夫という主語はどんどん大きくなってきた。
身の周りにも主夫は増えたし。
主婦代表がどこにもいないように、主夫代表ももうどこにもいない。
 
主夫という主語を使うときは思い上がらず丁寧に。
ま、それでも20年前に専業主夫になった僕の立場から発信できることはある。
もしかしたらそれが人の役に立つこともあるのかもしれない、と思い上がっている。
 
家事シェア講座やります。

【活動予告】カジダン講座~心豊かに暮らす編~ 5/18(土) 京田辺市 – マジックパパ   ■日 時:令和6年5月18日(土)10:00~11:30 ■テーマ […] papa-magic.com

 

【ブログ】子育ても映画も後ろからついていくのが好き

子どもの後ろをついて歩くのが好きだ。
どこに行くのかなぁって観察しながら、危なすぎるところだけ気にしながら。
子どもの先回りをしない。

子どもが行きたいところ、やりたいことに巻き込まれる。
逆に子どもの先回りをして指示をするのは自分にとってストレスだ。
ただただ翻弄されるのが気持ちいい。

そうすればその時間だけでも色々なことを忘れてスッキリする。
一時期はやったマインドフルネス状態。
そして、大人がその態度の方が子どもも喜ぶ場合が多いと思っている。

映画に巻き込まれるのも好きだ。
映画を見ている間は、先の予測や考察を一切せずにただただ映画に翻弄される。
面白いつまらないの判断をせずに2時間映画に身を委ねる。

ある映画監督がいたく気に入ったレビュー動画がある。
その監督の映画を鑑賞した人が、映画に巻き込まれたことを感情豊かに語っている。
とっても素直に映画を楽しんでいることが伝わってくる。

映画監督も、自作の映画の評価やウンチク、考察を述べるオタクよりも、
素直に映画を受け入れて巻き込まれてくれる素直な観客の方が嬉しいのかもしれない。
子どもにも映画にもまず後ろからついていく。考えるのはその後だ。